WEB限定連載 今夜もまちづくり

第八夜
わらしべ長者になった夜 ~萬歳湯・寿し天編~

二日酔い。前夜の深酒が翌日の正午を超えて夕方になっても全く抜けない。仕事中はイヤな汗が流れ続け、呂律が回っていない酩酊状態が続く。世の中には、オトコの数だけ二日酔いの対処法がある。水をたくさん飲むソフト系、迎え酒を煽るハード系と様々だ。私は、風呂に浸かってアルコールを抜く。家の風呂では復活しないほど酷いときは、銭湯にお世話になる。

腕塚町4丁目 萬歳湯
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日暮れの早さと冷え込みが、秋の気配を感じさせる新長田の夜7時。24時間前の酒を抜くために、昭和筋4丁目の「萬歳湯」へ駆け込み、大きな浴槽に身をゆだねる。手足を伸ばし、目をつぶる。私に巣食う様々な不浄が、湯に溶け、体から染み出す。汗とともに酒も抜けてくる。まちづくりの構想を湯船に浸かりながら練るつもりが、二度と呑まぬと今朝誓ったはずの冷えた生ビールが、心から離れない。

風呂上がりの生ビール。定番のようで珍しい組合せである。家で風呂上がりに飲むのは、生ではなく缶ビール。一方、生ビールが飲める飲食店には(当たり前だが)風呂がない。しかし萬歳湯、風呂上がりに間髪いれず生ビールが飲めるのだ。こめかみが痛くなるほどギンギンに冷えた生を、一気に流し込む。たったの250円。すかさず2杯目に突入。おつまみは乾きモノを中心にすべて100円。なんとおでんにカップ麺まである。究極の安呑みが堪能できるではないか。長居したくなる誘惑を抑え、外に出た。

久保町4丁目 寿し天
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火照った顔と体に、秋の夜風が心地よい。お腹もすいてきた。風呂上がりにいく店を決めるという、日本一幸せな苦悩を深めていると、「寿し天」の赤い提灯が目に飛び込んできた。

迷わず暖簾をくぐる。自家製のイカ塩辛を舐めながら熱燗をヤっていると、ピカピカに光る『貝の盛り合わせ』がきた。鮑、赤貝、貝柱、とり貝。新鮮極まりなく、コリッコリ。熱燗を口に含むと、海の果汁が口の中で倍加する。別小皿に盛られた鮑の肝のコク、風味といったら…。

土瓶蒸し。松茸と鱧の競演は、1年でほんのわずか。これほど贅沢かつ季節感を感じさせる一品はない。蓋をあけ、スダチをちょっとだけしぼり、再び蓋をする。お猪口に極上の出汁を注ぎ、口に含む。松茸と鱧に、海老の風味も少し加わる。汁を飲みながら、酒を飲む。途中、蓋をあけて松茸や鱧をつまみながら杯を重ねる。11月になると味わえないのだから、精一杯、2009年の秋を楽しむべきである。

『社長巻』が出てきた。シャリ抜き穴子&胡瓜の巻物『社長巻』だが、シャリ抜き。ネーミングは別として、実に粋な肴である。2合徳利が、カメラM氏、自分探しの旅にでたが見つからなかったK藤の3人で、すでに6本以上空いている。火照りを冷ますため、サッポロ瓶ビールを喉に流し込む。酒が飲める体に産んでくれた両親に感謝するほどの爽快な苦みだ。

いよいよ、にぎりを攻める。まずはイカ。これはスダチと塩でいただく。ねっとりとした食感と甘み、すだちの酸味が絶妙。続いてヒラメ。これにはポン酢おろしがちょこんと乗っているので、そのまま。淡泊かつ上品な風味が、鼻から抜ける。マグロ、中トロ、いくら、うに…。パリコレのモデルが次々登場するがごとく、海のスター達が喝采を浴びながら愛嬌をふりまいている。

極上の寿司と旬の肴をリーズナブルに堪能できるので、店内はいつも満員。人の良さがにじみ出た接客も居心地の良さを倍加させる。嬉しいことに、鉄人28号等身大モニュメントの写真が、額に入れて飾られている。その横はなんと、安打の大リーグ記録を塗り替えた日本人メジャーリーガーが、若かりしころ来店しカウンターに座っている写真だ。あどけなさ全開。締め慣れていないネクタイ&白ワイシャツ姿、しかも赤ら顔。鉄人&イ●ロー氏。世紀をまたぐ2大ヒーローが、額に並んで飾られている。

家族の支えがあってこそ、まちづくりに専念できる。仕事といって毎夜泥酔しているので、ご機嫌を伺わねばならない。寿司を折に詰めてもらい、お土産にする。ただ、私にはどうしてもやってみたいことがあった。グデングデンの千鳥足で、寿司折をフクロに入れず紐にぶら下げ、フラフラしながら「ウィ~っ、帰ったゾ~、ヒィック!」とヨレヨレしたいのだ。昔の桃屋のCMのような感じに。そんな酔っぱらいを実際に見かけたことがないので、ぜひ実践してみたい。竹紐代わりに持参したナイロン紐をマスターに手渡し、熱意をこめて説明すればするほど、失笑が広がる気がするのはなぜだろう。

二葉町5丁目 つる屋
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寿司折をブラブラさせ帰宅するつもりが、なぜか逆方向に進んでいる。あれ、おかしいなと感じながら、いつのまにか第五夜に登場した「つる屋」のカウンターに座っている。なぜか家へのお土産の寿司折を、ママと娘のYちゃんにプレゼントしている。美味しそうに食べてくれる2人を見て、私もニコニコしているところで、記憶が飛んでいる。

終電など100万光年前に走り去った真夜中。タクシー運転手の「着きましたよ、お客さん」の声に覚醒した。お土産の寿司折は、当然ながら手元にない。そのかわり、なぜか鹿児島名産のお菓子を持っている。そして、上着の内ポケットに、なぜかあの日本人メジャーリーガーの15年前の生写真が入っていた。

[09.10.27更新]

萬歳湯

兵庫県神戸市長田区腕塚町4丁目1−2
電話: 078-641-2655 ‎

寿し天

兵庫県神戸市長田区久保町4-5-4
電話: 078-611-3467
参考ホームページ: http://sushi-hyogo.or.jp/shop/nag08.html

つる屋

兵庫県神戸市長田区二葉町5丁目
電話:078-611-1754

 

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